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2013年4月 7日 (日)

当たり前に生きたい、ささやかでいいから・・・

さだまさしの「生々流転」という曲の歌詞です。
(こちらに全篇の歌詞があります。)

下の動画は、同じさだまさしによる「防人の詩」にはまってしまった、今日本を訪れている友人のために、数年前に翻訳して作ったものですが、友人はこの二曲を日本語で上手に歌ってみせて、私を驚かせました。

さて、「生々流転」を上手に歌ってくれたこの中東の友人にちなみ、

当たり前に生きたい、ささやかでいいから・・・

という歌詞について、若干、思うことを述べてみたいと思います。

少し哲学じみたお話になりますが、おつきあいください。

人間は、肩書きや立場を表す言葉によって、自らを規定していくのが好きな生き物だ、とかねがね考えます。

「自分は○○の社員である」とか、「自分の職業は○○である」とか、「自分は保守である」とか、「自分は日本人である」とかそういった自己規定の言葉を人間は必要とします。

社会生活を送るためにも、これらの自己規定の言葉というものは確かに不可欠です。

しかし、これらの自己規定のための言葉には、常に「二元性」がつきまといます。

「自分は保守である」と言うとき、「彼らは保守ではない」という二元性と表裏一体です。

「自分は日本人である」というとき、「彼らは日本人ではない」という二元性と表裏一体です。

「自分はAである」、と述べて自己を規定するとき、「非A(Aではない人々)」との間に区別するための壁が生まれ、その壁によって自分を囲いこみ、その中に自分を閉じ込めることで自分を特殊化させる、ということが心の中で起こります。

自己規定の言葉は社会生活を営む上で必要なものですが、一方、自己規定を求めるこの心理があまりに強くなると、人間を自然な姿から遠く引き離してしまうことがあります。

例えば、この傾向は、カルト的な宗教におちいる人々にもっとも顕著に見られるものですが、カルト信者は、「自分は○○教徒である」として自分たちの集団を特殊化させ、強く規定することによって、「○○教徒ではない人々」との間に壁を作り出し、自分たちの宗教の外側にある人々を、敵視や蔑視や攻撃や宗教的勧誘の対象と見なすようになります。

この自己規定の傾向が強くなるに従い、人に迷惑をかけるばかりでなく、なによりも本人が一番生きづらさを感じるようになります。

このようになったとき、一旦、自己規定の言葉を取り払って、普通の「ただの人」としての生き方を取り戻す「根源化」を行う必要が生まれてきます。

当たり前に生きたい、ささやかでいいから・・・

「当たり前に生きたい」というこの歌詞には、自己規定のための言葉から一旦離れ、なんでもない普通の人間に戻り、人間としての自然な願いや感情に裏付けながら、すべての人々とつながって生きたいという、根源への回帰の願いが表現されていると思います。

実際、さだまさしの歌詞では、

鳥は空で生まれて、魚は海に生まれたのなら、時間と呼ばれる長い、長い河の中で、きっとわたしは生まれた

とあるように、「自分は人間である」という自己規定や自己限定すら取れて、「わたし」という存在は、鳥や魚の命にすらつながるのだという「根源」への回帰が歌われるのと同時に、

喜びと悲しみと憎しみと愛と死を、つまづきながらでいいから、慈しむ人になりたい

と、万人が抱くであろう人間としての素朴で普遍的な感情をいとおしむ思いが歌われています。

このように当たり前な「日常性」の中に「根源性」を見いだそうとする姿勢は、日本文化の顕著な特徴です。

キリスト教が「日常性」を多かれ少なかれ汚れたものと見なして「根源性」を「日常性」から聖別された時間や場所に見いだそうとし、マルチン・ルターが「二王国論」において国家と教会の間に明確な境界を引き、イマヌエル・カントが認識界と叡智界を峻別して両者の争いを調停し、セーレン・キルケゴールが「根源性」の探求の結果コペンハーゲンの街を狂人のようにさまよい、ルドルフ・オットーが『聖なるもの (Das Heilige)』において「根源性」を「ヌミノーゼ(戦慄すべきもの)」と定義したのとは対照的に、日本文化は、万葉集に「志貴島の日本(やまと)の國は事靈の佑(さき)はふ國ぞ福(さき)くありとぞ」と歌われて以来、言霊=事霊の文化であり、「言=事」という具体的な「日常性」と、「霊」という「根源性」を、常に表裏一体のものとして扱ってきました。

本居宣長による

敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花

という有名な和歌も、「山桜花」という日常の中に埋め込まれた具体的な「言=事」の中に、「大和心」という「根源性」を見いだそうとする、<言霊=事霊>文化の典型的な例と言えます。

西洋思想が、ポストモダンと呼ばれる深刻な自己批判を経てもなお、いまだに果たせずにいる「日常性」と「根源性」の融和を、日本文化が万葉の古より、やすやすと果たしていたという事実は瞠目に値すると思います。

さて、日常性=根源性への回帰によって、「自分は保守である」とか、「自分は日本人である」とかといった自己規定の言葉を離れるとき、果たして、自分の国のことはどうでもよくなるのか、家族のことはどうでもよくなるのか、仕事のことはどうでもよくなるのか、世界市民的な透明人間になるのかというと全く逆であり、「保守」だとか、「日本人」だとかといった皮相な看板を捨て去ったときにこそ、逆に、故郷や国といった自分の守るべき大切なものが、観念やイデオロギーとしてではなく、素朴な自らの深い願いとして、鮮明に心に浮かび上がってくるのだと思います。

「防人の詩」を引用すれば、

海は死にますか、山は死にますか、春は死にますか、秋は死にますか、心は死にますか、愛は死にますか

と根源的な問いかけが重ねられていった果てに、

私の大切な故郷もみんな逝ってしまいますか

という卑近な存在についての願いや問いかけが、最も切実な形で、自然に浮上してくるわけです。

TPPやグローバリズムは、「当たり前に生きたい」という人間としてのささやかな願いを踏みにじるものです。一部の人間の強欲を満たすために、人間が奴隷化される世界では、「日常」はその「根源性」から切断され、人としての素朴な喜怒哀楽が生まれる豊穣な場所であることをやめてしまうことでしょう。「私の大切なふるさともみんな」、根底から破壊されてしまいます。

だからこそ、TPPのような策謀の推進のためには、「保守」などのような特殊な看板にしがみついて日常の根源性から引き離された人々、日常の根源性の中でこそ見いだされるであろう「大切なもの」を見失った人々、「保守」という囲いの外側の人々に向けて敵意を向けるほどまでに偏狭な自己規定の意識を強めた人々の集団を作り出す必要が生まれてきます。

なぜなら、「保守」だとか「愛国」だとかといった特殊な看板を捨て去って、当たり前な日常に回帰したときには、人間は、自分の守るべき本当に大切なものをはっきりと自覚することになり、TPPのように「私の大切なふるさともみんな」破壊してしまう策謀に対しては、心の深層からわき起こる激しい怒りの声を上げるようになるはずだからです。

私がチャンネル桜や安倍政権を支持する論客を批判するのも、まさにこの点においてです。

彼らは「当たり前に生きたい」という願いに裏打ちされた日常の「根源化」の方向に人々を導くのではなく、「保守」だの「愛国」だのといった偏狭な自己規定の言葉を掲げて自他の対立を煽り、狭い立場の中に人々を囲い込み、閉じ込めていこうとする。そこからはずれようとする人々を「保守分断」だの「工作員」だの「サヨク」だのといったレッテルを貼る。そして同じ日本人を、彼らが「保守」と呼ぶ集団と、「非保守」という、きわめて皮相なレベルで分断してしまっています。

そして、彼らは、単に皮相なだけではない。論理的一貫性や客観的な批判力を欠いた反知性と、偏見と、憎悪と、盲信の塊そのものになりさがっています。

日常の根源性から離れて「保守」だの、「愛国」だのといった言葉を振りかざすようになった人々以上に、国に害をなすものはありません。

日常からの乖離は、日本の文化や伝統からの乖離といっても決して過言ではありません。日常の中に根源性を見いだそうとする姿勢こそが日本人の伝統的な姿勢だからです。

敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花

「大和心」とは、「保守」などといった特定の観念や立場やイデオロギーの中ではなく、敷島の土地に花開く「朝日に匂ふ山桜花」の中に見いだされるべきものです。

昨日も述べたことですが、今の日本に必要なのは「保守」という立場の中に囲い込まれて固定した考えに縛られて身動きができなくされてしまった人々ではなく、このような自己規定の言葉を取り払って、日常の根源性に立ち返り、事実を直視し、「当たり前」に生き、感じ、考えることを取り戻した人々です。

特定の限定された立場からのディタッチメント(離脱)を通して、本当に守るべき日常へのアタッチメント(愛着)を回復した人々です。

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ちなみに、上の考えは、独自の哲学を打ち立てた哲学者として世界に名高い西田幾多郎と同郷であり、親交の深かった鈴木大拙という禅を海外に紹介し文化勲章も受賞した思想家が「即非の論理」と名付けて深めた考えに通底するものがあります。「即非の論理」とは「AはAではない、故にAはAである」という論理であり、西田幾多郎による「絶対矛盾的自己同一」という思想にもつながっています。「即非の論理」とは、「花」ならざる花が見えたときにこそ、人は花の「花」たるゆえんを知るという意味です。

(私個人は、禅寺で座禅を組んだ経験もなく、特段、禅仏教徒というわけではないのですが、日本の文化を成り立たせてきた重要な思潮の一つとして、禅にも深く関心を寄せた時期があります。)

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西田幾多郎が思索を深めるために毎日歩いたと言われる「哲学の道」は、今満開の桜です。

中国や韓国や北朝鮮やアメリカがどうしたという話も大切ですが、日本や日本人のあり方を、日本の文化や思想の根底から捉え直す作業も大切なものだと思います。


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「保守」とか何か」カテゴリの記事

コメント

憲法改正で優れたコメントが沢山なのでこちらに。

NHKの毎年お馴染み「今日は憲法記念日、各地で集会が行われ~」というニュース。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130503/t10014354131000.html
例年、護憲派(左翼系)のデモや集会ばかりで、改正派は音声無し、一瞬映るだけだったと記憶しています。
全くNHKは左巻きばっかり取り上げて!といつも不愉快でした。
今年は動画にはありませんが、櫻井よしこ氏が話している姿も映り、別の日の丸系の集会も取り上げられました。
本来なら、(櫻井氏は偽装保守の旗手ですがそれにしても)両方ちゃんと取り上げられて喜ばしい事ですが、黒い大きなものが日本を飲み込もうとしているとしか思えません。
今まで冷めた目で見ていた「憲法改悪ハンターイ」の方々に、頑張ってください!と心の中で少しエールを送ってしまいました。
安部なんかに憲法いじらせちゃ駄目だ!
NHKも手のひら返して今までろくに映さなかった集会を流すんですね。
日本は今、ほんとうに危うい状態。

投稿: 朝顔 | 2013年5月 3日 (金) 22時55分

ツイッターの有名人 May Romaさん。
どちらかというと嫌いなタイプの人ですが、当たってるなと思います。

May_Romaさんの選挙の総括をまとめました。
http://togetter.com/li/424164

https://twitter.com/May_Roma/status/280438218816647170
選挙の結果。要するに爺さんと婆さんは「現行通りがいい、原発俺らには関係ねーわ、若い奴は死ぬまで働けよ~、サービス低下なんて許さねえわ、ついでに戦争行って中国ぶっ飛ばして来いや、ワシらは行かなくて済むからねw」ということだ

https://twitter.com/May_Roma/status/280441415568343041
若い子はいくらやる気も能力もあっても正社員になれなくて、ずっと非正規とかバイト待遇で、家も買えなくって、仕事しないジジイは首にならなくって、って状況で、でも健康保険や年金や消費税は所得税はバンバン上がって、爺婆を養うために金を吸い取られて行くって状況が継続なんだよ。

https://twitter.com/May_Roma/status/280442024967155714
兵役義務になるとね、一回行った人って予備役になるから、何かあると、おっさんになっても呼び出されるんだよ。ソ連で原発処理に兵隊が突っ込まれたの覚えてる?若い子は知らないかな。素人が沢山突っ込まれたんだよ。日本もどうせ調達できなくなるからね、素人突っ込みたいってことですよ。

https://twitter.com/May_Roma/status/280443028265639936
イギリスも若い奴悲惨なのよ。若年失業率日本より高い上、外国人がバンバン入ってくるからね。貧乏でお勉強できないと仕事ないの。競争相手は三カ国語とかはなす外人だから勝てないの。でね、何が起こったかというと、町に火をつけて商店から略奪、刺殺。凄まじかったよ。日本はよく我慢してるよね。

https://twitter.com/May_Roma/status/280444871175716864
そうだろうよ RT @raidera: @May_Roma 若者○○離れって記事を書いて満足してる新聞やメディアは世代数格差による選挙制度自体が若者の意見を反映できない問題を追求しないからなぁ。中高年からの苦情が怖いのかね。

https://twitter.com/May_Roma/status/280446461735473152
兵役が義務になり戦場に行くとこうなる。義務になると拒否はできない。bit.ly/pnqG9y bit.ly/ToWD1v

https://twitter.com/May_Roma/status/280447216462737408
フォークランド戦争の資料を読んでいて思ったが、多分日本と中国は戦争になる。多分ね。イギリスもアルゼンチンも国内の経済的不満から目を逸らすためにやった。アルゼンチンの右翼はフォークランドに上陸して領有権主張してた。サッチャーの人気はフォークランド戦争後にアップした。

投稿: 朝顔 | 2013年4月11日 (木) 10時18分

だめだめわんこさん。
丁寧なお返事、有難うございました。
仰るとおり、またTPPや徴兵制の件だけでなく、とにかく為政者の意に背くようなことをしたらどうなるかがわからない非常に危険な草案になっていますね。ついでに原発作業員なども集めやすくなるかもしれません。
たかたろさんのご指摘も、専門家に検証して頂きたいところですね。
ろくに報道されていないように思いますが、自民党はFEMA創設まで提言していますし。
とにかく、草案と合わせて自民党議員や自民党と組む気でいる似非保守政治家の発言をきいていると、憲法改正までもっていった後は独裁政権でも樹立するつもりなのか?等々、様々な不安がわいてまいります。

++ ヤバすぎだ、と話題に・・・自民党 日本国憲法改正草案対照表 2012版 ++
http://www.geocities.jp/le_grand_concierge2/_geo_contents_/JaakuAmerika2/Jiminkenpo2012.htm

自民党のFEMA創設計画と米国の共産主義化 | カレイドスコープ
http://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-1729.html

自民安倍総裁が日本版FEMA創設を提言!米国FEMA=強制収容所!安倍氏、暴力団との写真発覚|正しい情報を探すブログ
http://ameblo.jp/kennkou1/entry-11380045667.html

また、「憲法クイズ」などと下らない批判をされた小西議員の記事を読むと、中国を見下したり、反共を叫んで自民党を支持している場合でもありませんね。
「自民党草案13条」と「中華人民共和国憲法51条」の類似性について  - 小西ひろゆき(小西洋之) 民主党 千葉県参議院選挙区第5総支部長 - Yahoo!ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/konishi_hiroyuki_524/17572087.html

因みに、WJFさんの仰る通り、安倍擁護者が「単に皮相なだけではない。論理的一貫性や客観的な批判力を欠いた反知性と、偏見と、憎悪と、盲信の塊そのものになりさがっています。」というのを、毎度のことですが、さきの「憲法クイズ」の件での安倍擁護者を見て改めて痛感いたしました。

安倍 芦部 - unkar@2ちゃんねる過去ログ検索
http://search.unkar.org/2ch?q=%E5%AE%89%E5%80%8D%E3%80%80%E8%8A%A6%E9%83%A8&type=number&order=desc

【政治】片山さつき氏「天賦人権論をとるのは止めよう、が自民党の考え方」…米独立宣言、フランス革命などの民主主義の基本概念を否定へ - unkar
http://unkar.org/r/wildplus/1354982679

投稿: まつぼっくり | 2013年4月11日 (木) 02時38分

自民党改正案の第十八条は初めて見たのですが、わたしは だめだめわんこさんとは異なる点で恐ろしさを感じました。

>経済的関係において身体を拘束されない

これは「資本家はいくらでも逃亡できる」ということではないでしょうか? 「あとで払う」などと騙してさんざん酷使したあげくに逃亡。タダ働き強制可能であり、労働者は事実上賃金0の奴隷です。

現行憲法にある「奴隷的拘束」の”奴隷的”が削除されているのと符合しますね。

投稿: たかたろ | 2013年4月11日 (木) 00時05分

>投稿: まつぼっくり | 2013年4月 9日 (火) 00時29分

まつぼっくり様

安倍はアメリカの傀儡であり、信用「してはいけない」人物である以上、奴に絶対憲法を改正させてはいけません。

アメリカの傀儡である以上、自民等の政策は全てアメリカの指示をそのまま丸呑みしたものです。全てアメリカの意向なのです。憲法改正もそのひとつです。長年GOサインが出なかったものが、今出たのです。憲法を国際金融資本の都合のいいものにせよと。

私は長年自民党支持者(ただ自民党が反共だったからです)で憲法改正論者でしたが、しかしもはや自民党を信用してはいませんし。指示も止めました。

今度の参院選で自民党が勝つことは=TPP本格参加=憲法改正なのです。

自民党憲法改正案は、明らかに言論弾圧を目的としております。

自民党憲法改正案第二十一条 

集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の
自由はこれを保障する。
2 前項の規定にかかわらず、公益および公の秩序を害する
ことを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社
することは、認められない。

ここでは誰が公益かどうか判断するのか不明なのです。

もちろんそれは日本政府でしょう。

事実上、日本では言論・出版や集会・結社の自由が無くなります。

政府に対する反抗が一切できなくなります。

日本は実質的にも形式的にも民主主義国家ではなくなるのです。

これは参院選後のTPP参加に対する反対活動を押さえ込むためのものでしょう。

たとえば、このブログも、反社会的であると、閉鎖されて、筆者も読者も、逮捕されてしまうのです。下位規範である刑法も憲法に合わせ改正されるでしょう。

それともうひとつ、今アメリカは自衛隊をアメリカと共同運用とするように動いています。これは自衛隊が米軍の下に完全に組み込まれることになるのです。集団的自衛権とはそういう意味です。

つまり非現実的ですが、それでも可能性としての、「自衛隊が日本国民のために立ち上がってくれる(クーデター)」という可能性が、完全になくなってしまうのです。

つまり自衛隊は独立国家の軍隊ではなく、米軍の完全な手下、管理下となり、日本人は武力で政府に対抗することも(革命権・抵抗権)できなくなってしまうのです。

そして自衛隊はアメリカ(国際金融資本)の手下として、彼らの都合のいいように使われます。

自衛隊員、いえ、国防軍人になるかもしれませんが、日本を守るためではなく、一部の超金持ちの利益のために、戦わされて、殺されるのです。

そして徴兵制が導入され、日本国民もそうなる可能性があります。

現行憲法の第十八条 何人もいかなる奴隷的拘束も受けない。

自民党改正案の第十八条 何人も、その意に反すると否とにかかわらず、社会的又は経済的関係において身体を拘束されない。

わかりますか?この違いが?つまり改正案では、

「社会的又は経済的関係を除く理由ならば、身体を拘束される」

と言っているのです。これが徴兵制の導入を前提にしているといわれるわけです。

改正案はグローバリストの新自由主義に都合のいいものと同時に、国家主義的ですが、それは我々が戦後独立したときから求めていた物とは意味が全く違うわけです。

つまり我々日本人の共同体としての独立国家日本を守るためなら我々は戦いますが、

アメリカのスーパーエリートの傀儡国家日本が彼らの利益のためだけに、アフガニスタンやイラクなど他国を侵略するための使い捨ての手駒になるのは絶対に嫌だしあってはならないのです。

投稿: だめだめわんこ | 2013年4月10日 (水) 02時16分

「防人の詩」でしたらこちらの動画もお勧めです。
(以前はYouTubeにもあったのですが、今はないようです)

帝國海軍連合艦隊 さだまさし 防人の詩
http://www.nicovideo.jp/watch/sm18759728

投稿: たかたろ | 2013年4月10日 (水) 00時02分

破壊的カルトのマインドコントロールについても色々と調べてきた私ですが、こちらの記事はその分野の研究にも有益だと感嘆しつつ読ませて頂きました(勿論、それ以外にも色々と考えさせられたのですが)。
ところで、専門家、一般人に関わらず、現在の自称保守派・愛国者の中には「憲法改正」目当てで安倍首相を支持している人もいるように思えます。(第9条の改正が主要目的なのでしょうが。)
その為に、TPPやグローバリズムを含めた安倍首相の新自由主義的な政策その他についての批判や考察が二の次になってしまっているというか、批判はしても、水島氏と同様に、結局は安倍首相や自民党を支持し、その長期政権を望んでいるような気がしてしまいます。
ですが、その肝心の自民党の憲法改正草案を精査してみると(法学的にも、施行後の現実を具体的にシミュレーションしてみても)、また、先月末の民主党議員の一連の質問に対する安倍首相の答弁をみても、その他の自民党議員の憲法に関する思想や発言をみても、そこまでの犠牲を払ってまで安倍首相を支持する必要があるのか、自民党(の改正草案)を支持する必要があるのかと、私は疑問に感じてしまいます。
具体的には、日本という国そのものや天皇というよりも、「為政者」にとって都合がよいだけの憲法になってしまっているのではないか?という点が気になるわけですが。
また、こちらの記事「安倍政権の本質: 保守主義と新自由主義の結合」
ttp://wondrousjapanforever.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-5981.html
で引用されている渡辺治教授のインタビューの中でも言及されているように「新自由主義改革を効率的に推進する体制を作る」のにも都合がいいとも言えると思います。
まあ、また全部変えない代わりに第9条だけ変えさせる為のブラフだとか何とか言って擁護する人が出てきそうですが、皆さんはあの草案についてどう考えていらっしゃるのでしょうか。
自主憲法制定派の私でも「やり直し」を望んでしまうような内容だったのですが。

投稿: まつぼっくり | 2013年4月 9日 (火) 00時29分

愛郷心無き愛国心は、時の権力に利用されます。

戦後日本は、社会のあらゆる領域でアメリカナイズされ、
共同体が破壊され、砂粒となってしまった個人主義が
社会を遍く覆うようになりました。

砂粒化した孤独な個々は、空虚な自己を承認する機会を
愛国心によって満たされるようになり、そして思考停止し、
批判能力を失い、排他的になり、そして生まれたクニ(故郷~国)
を破壊する危機に瀕しても抵抗することなく、簡単に時の権力に
利用されます。

日本、日本人のあり方とは何か?
それを問うことは、日本人のもつ「真善美」は、何によって
支えられ、そして麗しき郷土の集合体である国土、そして国柄
がなにによって保たれてきたかを深く考える機会となります。

それらに思いを馳せ、自らの生活の中に生かしていける庶民で
あり続けたいと思います。

投稿: こしき | 2013年4月 8日 (月) 11時43分

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