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2013年1月13日 (日)

陰謀論者の妄言

このブログを読んでいらっしゃる方は御存知のように、アメリカに対しても、自民党に対しても、安倍さんに対しても、彼らを盲信したり、依存しようとすることに対して批判的なWJFですが、同時に、「陰謀論」と呼ばれる妄言を振り回す人たちにも私は懐疑的です。

彼らは、ユダヤ人やら、イルミナティやら、統一教会やらを持ち出して、アメリカの陰謀を警告し、中国や韓国との融和を説きます。その代表的な例として、リチャード・コシミズなる人物がいますが、WJFも次のように彼やその一派に、さんざん「似非右翼」だの「統一教会だ」なの「壷売りだ」などと批判されたことがあります。

この動画の製作者・発信者は不明ですが、他の記事や動画を見てみると明らかに「似非右翼」と言われる特殊な「組織」によるものです。GloriousJapanForeverなる人物のほかの動画も参照してください。日韓関係、日中関係の破壊を目的としたものです。 http://www.youtube.com/user/GloriousJapanForever

この類の扇動メディアにころりと騙される前に、背後関係をぜひ知っていただきたい。日本には、日韓関係を悪化させるのを役割とした「似非右翼」がいます。彼らは実は最も日本的ではない人たちです。日本には済州島系在日や部落マイノリティーといわれる人たちが少数ですが存在します。(普通の日本人は、韓国のパクリどうのこうのにはあまり関心を持っていません。あまり重要な問題ではないからです。)具体的にいいますと「統一教会」がこれらの似非右翼の中心にいます。勿論、韓国にも統一教会はありますが、韓国側のそれは日本の統一教会による韓国中傷に激しく反発する役割を演じています。つまり、日韓で同じ組織が二手に分かれて二国間関係の破壊を狙っているのです。(それに騙されて追従する日韓メディアもあるようですが。)

日本の統一教会の中枢は在日朝鮮人脈であり、統一教会そのものも北朝鮮中枢と深くつながった「北朝鮮宗教」です。文鮮明は金日成の義兄弟であり、誕生日にはピョンヤンの国王様から祝電が届き、北朝鮮のマスゲームでは文鮮明は民族の英雄として遇されています。統一教会は北朝鮮王朝の存続のために巨額の秘密支援をしてきています。(その支援は、ウォール街の金融ユダヤ人のお墨付きの下に行われています。)

リチャード・コシミズのブログ、2011年10月4日

改めて申し上げておきますが、WJFは統一教会ではありませんし、背後にユダヤ人がいるわけでもありません。どの政治団体にも宗教団体にも所属しておりません。

これらの陰謀論者の誤りは、きちんとした根拠もなく特定の考え方を宗教のごとく盲信しているということもさることながら、やはり善悪二元的な考えに陥っていることだと思います。

アメリカ(悪) VS 中国・韓国 (善)

同時に、次のような善悪二元論も正しいものではありません。

アメリカ(善) VS 中国・韓国 (悪)

いかに日本が日本として立つか、いかに日本が日本であり続けるか、いかに日本を守るか、といった問題は、これらのような善悪二元論的な考え方に立つことによっては、決して実現することはできないのだということを、私たちは気づく必要があると思います。

善悪二元論的な二項を立てて、その片方にすがったり、片方の陣営についたりしようとするのではなく、福沢諭吉が、日本が世界に向かって一歩を踏み出した明治の初めに『学問のすゝめ』で述べた言葉を、私たちひとりひとりが噛み締めることが、今、もっとも必要なことなのだと思います。

彼は、国家は独立しなければならない。そのためには、外国を恐れるのでもなく、また見くびるのでもない、二元的な態度に陥ることのない、客観的で批判的な視野を持つことが必要であると述べています。

また自由独立のことは人の一身にあるのみならず、一国の上にもあることなり。わが日本はアジヤ州の東に離れたる一個の島国にて、古来外国と交わりを結ばず、ひとり自国の産物のみを衣食して不足と思いしこともなかりしが、嘉永年中アメリカ人渡来せしより外国交易のこと始まり、今日の有様に及びしことにて、開港の後もいろいろと議論多く、鎖国攘夷などとやかましく言いし者もありしかども、その見るところはなはだ狭く、諺に言う「井の底の蛙」にて、その議論とるに足らず。日本とても西洋諸国とても同じ天地の間にありて、同じ日輪に照らされ、同じ月を眺め、海をともにし、空気をともにし、情合い相同じき人民なれば、ここに余るものは彼に渡し、彼に余るものは我に取り、互いに相教え互いに相学び、恥ずることもなく誇ることもなく、互いに便利を達し互いにその幸いを祈り、天理人道に従いて互いの交わりを結び、理のためにはアフリカの黒奴にも恐れ入り、道のためにはイギリス・アメリカの軍艦をも恐れず、国の恥辱とありては日本国中の人民一人も残らず命を棄てて国の威光を落とさざるこそ、一国の自由独立と申すべきなり。  しかるを支那人などのごとく、わが国よりほかに国なきごとく、外国の人を見ればひとくちに夷狄夷狄と唱え、四足にてあるく畜類のようにこれを賤しめこれを嫌い、自国の力をも計らずしてみだりに外国人を追い払わんとし、かえってその夷狄に窘しめらるるなどの始末は、実に国の分限を知らず、一人の身の上にて言えば天然の自由を達せずしてわがまま放蕩に陥る者と言うべし。王制一度新たなりしより以来、わが日本の政風大いに改まり、外は万国の公法をもって外国に交わり、内は人民に自由独立の趣旨を示し、すでに平民へ苗字・乗馬を許せしがごときは開闢以来の一美事、士農工商四民の位を一様にするの基ここに定まりたりと言うべきなり。

外国を恐れるのでもなく、また見くびるのでもない。外国と対等に交わる、国家の独立を実現するためには、国民一人一人が、報国の思いと、独立の気概を身につけなくてはならず、そのためには、それぞれの才覚に応じて、学問(実学と批判精神)を身につけなくてはならないと述べています。

前条に言えるとおり、人の一身も一国も、天の道理に基づきて不覊自由なるものなれば、もしこの一国の自由を妨げんとする者あらば世界万国を敵とするも恐るるに足らず、この一身の自由を妨げんとする者あらば政府の官吏も憚るに足らず。ましてこのごろは四民同等の基本も立ちしことなれば、いずれも安心いたし、ただ天理に従いて存分に事をなすべしとは申しながら、およそ人たる者はそれぞれの身分あれば、またその身分に従い相応の才徳なかるべからず。身に才徳を備えんとするには物事の理を知らざるべからず。物事の理を知らんとするには字を学ばざるべからず。これすなわち学問の急務なるわけなり。

わが日本国人も今より学問に志し気力を慥かにして、まず一身の独立を謀り、したがって一国の富強を致すことあらば、なんぞ西洋人の力を恐るるに足らん。道理あるものはこれに交わり、道理なきものはこれを打ち払わんのみ。一身独立して一国独立するとはこのことなり。

また国民一人一人が独立の精神を欠くときには、(1)愛国心の喪失(2)外国に対して卑屈になる(3)売国という三つの弊害が生まれると警告します。戦後の、そして現在の日本の姿そのものです。

前条に言えるごとく、国と国とは同等なれども、国中の人民に独立の気力なきときは一国独立の権義を伸ぶること能わず。その次第三ヵ条あり。

第一条 独立の気力なき者は国を思うこと深切ならず。(中略)
第二条 内に居て独立の地位を得ざる者は、外にありて外国人に接するときもまた独立の権義を伸ぶること能わず。(中略)
第三条 独立の気力なき者は人に依頼して悪事をなすことあり。(中略)国民に独立の気力いよいよ少なければ、国を売るの禍もまたしたがってますます大なるべし。

何かを盲目的に信じたり依存したりするのではなく、一人一人が、批判的な精神と、独立の精神を身につけてこそ、一つの国は独立を果たすのだ。この福沢諭吉の言葉を、胸に刻み、独立国としての気概を今一度、取り戻したいものです。

一身独立して一国独立す


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