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2013年1月 6日 (日)

戦後日本と朝鮮末期の酷似

戦後の日本の姿は、最終的に日本に併合されていった李氏朝鮮末期の歴史ととても似ています。

「事大主義」によって、軍事を軽んじ、ひたすら中国に頭を下げて生存を計った李氏朝鮮の姿は、「吉田ドクトリン」によって、軍事を軽んじ、ひたすらアメリカに頭を下げて生存を計った戦後日本の姿そのものです。「中華体制」の中で同一民族が良賤制度によって二つに分離していった朝鮮の姿は、「グローバリズム(新自由主義やら構造改革やら規制緩和)」の中で格差社会が広がった90年代以降の日本の姿に似ています。日本によって独立させられて建国された大韓帝国は、アメリカにより新しい憲法と歴史をあてがわれて独立した戦後日本の姿に似ています。日本の圧力を逃れようと、露館播遷を行った朝鮮王高宗の姿は、アメリカの圧力を逃れようと、東アジア共同体を目論んだり、はかない抵抗を試みてルーピーと呼ばれた鳩山由紀夫の姿に酷似しています。ロシアの南下をふせぐために必要であったとされる「日韓併合」は、「中国包囲網の形成」や「日米同盟の強化」を名目で行われる(であろう)「日米併合(TPPや道州制)」に酷似しています。ロシアに事大するか、日本に事大するかで揺れた朝鮮末期の姿は、アメリカに着くか、中国に着くかで揺れてきた昨今の日本にそっくりです。

「戦後体制の脱却」とは、本来、朝鮮の事大主義に酷似した、主体性や独立心を欠いた戦後政治からの脱却でなければなりません。TPP・道州制という名の「日米併合」は、「戦後体制の脱却」とは正反対の方向に日本を向かわせるものであり、亡国そのものです。私たちは今どちらの方向に進んでいるでしょうか。果敢な「独立」や「抵抗」の方向か、従来と同じ「依存」や「従属」の方向か。


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