« 自殺・消費税・アメリカ国債・対米従属 (1) | トップページ | 自殺・消費税・アメリカ国債・対米従属 (3) »

2013年1月22日 (火)

自殺・消費税・アメリカ国債・対米従属 (2)

日本人は極めて勤勉で器用な人民であり、或る製造業について見ると、如何なる國民もそれを凌駕し得ないのである。

開国を求めるため、黒船を率いて日本を訪れた、マシュー・ペリーが、帰国後の1856年に刊行し、アメリカ議会に提出した『日本遠征記 』(Narrative of the Expedition of an American Squadron to the China and Japan etc.) の中の記述です。ペリーは日本人について次のようにも記しています。

彼等は外國人によつて齎された改良を觀察するのが極めて早く、忽ち自らそれを會得し、非常な巧みさと精確さとを以てそれを模するのである。金属に彫刻するのは甚だ巧みであり、金属の肖像を鑄ることもできる。

彼等は磁器を製作してゐるのだし、また或る人の語るところによれば支那人よりももつと立派に製作することができると云ふ。兎に角、吾々が見た日本磁器の見本は甚だ織巧美麗である。

木材及び竹材加工に於て、彼等に優る國民はない。彼等は又世界に優るものなき一つの技術を有してゐる。それは木材製品の漆塗りの技術である。他の諸國民は多年に亙つて、この技術に於て彼らと形を比べようと試みたが成功しなかつた。

彼等は絹をつくる。そのうちの最良品は支那の絹よりも上等である。

實際的及び機械的技術に於いて日本人は非常な巧緻を示してゐる。そして彼等の道具の粗末さ、機械に對する知識の不完全を考慮するとき、彼等の手工上の技術の完全なことはすばらしいもののやうである。日本の手工業者は世界に於ける如何なる手工業者にも劣らず練達であつて、人民の發明力をもつと自由に發達させるならば日本人は最も成功してゐる工業國民[マニュファクチャ-リング・ネーションズ]に何時までも劣つてはゐないことだらう。他の國民の物質的進歩の成果を學ぶ彼等の好奇心、それを自らの使用にあてる敏速さによつて、これ等人民を他國民との交通から孤立せしめてゐる政府の排外政策の程度が少ないならば、彼等は間もなく最も惠まれたる國々の水準にまで達するだらう。日本人が一度文明世界の過去及び現在の技能を所有したならば、強力な競争者として、将來の機械工業の成功を目指す競争に加はるだらう。

すでに述べたやうに汽船の機關が日本人の間に烈しい興味をよび起した。彼等の好奇心は飽くことを知らないやうであり、又日本の畫家達は機會ある毎に絶えず機械の諸部分を描き、その構造と運動の原理とを知らうとしてゐた。艦隊の二囘目訪問の際ジョーンズ氏は、機關全體を正しい釣合で畫いた完全な繪畫を日本人がもつてゐるのを見た。機械の数個の部分も適當に描かれてゐて他國で描かれてもこれ以上はできないほど正確で立派な繪圖であつたと彼は語つてゐる。

日本の社會には、他の東洋諸國民に勝る日本人民の美點を明かに示してゐる一特質がある。それは女が伴侶と認められてゐて、單なる奴隷として待遇されてはゐないことである。女の地位が、キリスト教法規の影響下にある諸國に於けると同様な高さではないことは確だが、日本の母、妻及び娘は、支那の女のやうに家畜でも家内奴隷でもなく、トルコの妾房に於ける女のやうに浮氣な淫樂のために買ひ入れられるものでもない。

既婚婦人が常に厭わしい黒齒をしてゐることを除けば、日本婦人の容姿は惡くない。若い娘はよい姿をして、どちらかと云へば美しく、立居振舞は大いに活潑であり、自主的である。それは彼女等が比較的高い尊敬をうけてゐるために生ずる品位の自覺から來るものである。

下流の人民は例外なしに、豊に滿足して居り、過勞もしてゐないやうだつた。貧乏人のゐる様子も見えたが、乞食のゐる證據はなかつた。人口過剰なヨーロッパ諸地方の多くの處と同じく、女達が耕作勞働に從事してゐるのも屡々見え、人口稠密なこの帝国では誰でも勤勉であり、誰をでも忙しく働かせる必要があることを示してゐた。最下流の階級さへも、氣持ちのよい服装をまとひ、簡素な木綿の衣服をきてゐた。

下田は進歩した開化の様相を呈して居て、同町の建設者が同地の淸潔と健康とに留意した點は、吾々が誇りとする合衆國の進歩した淸潔と健康さより遙に進んでゐる。

函館はあらゆる日本町と同じやうに著しく淸潔で、街路は排水に適するやうにつくられ、絶えず水を撒いたり掃いたりして何時でもさつぱりと健康によい状態に保たれてある。

地震によつて生じた災禍にも拘はらず、日本人の特性たる反撥力が表はれてゐた。その特性はよく彼等の精力を證するものであつた。彼等は落膽せず、不幸に泣かず、男らしく仕事にとりかゝり、意氣阻喪することも殆どないやうであつた。

世界のどの民族よりも器用で、好奇心旺盛で、驚くべき学習能力を備えており、上手に物を作り、勤勉で、礼儀正しく、女性の地位が高く、貧富の差は低く、乞食がおらず、町はアメリカよりも清潔であり、大地震が来ても落胆しない不屈の精神をもった民族。

マシュー・ペリーが出会った日本人という民族は、このような人々でした。

ペリーが記録の中で言及している地震とは安政の大地震のこと。日米和親条約が結ばれた1854年から1856年にかけて、東海地方、南海地方、江戸、東北沖など、日本列島を縦断する大地震が連続して発生しました。また、宇和島藩は、ペリー来航の3年後に、外国人に教わることなく日本人の手だけで蒸気船を建造しています。

本当にペリーの記述が正しければ、日本人は間違いなく、世界最強のポテンシャルをもった民族であったといっても過言ではないでしょう。

このペリーと日本人の出会いの中に、その後現在に至る150年間の日米関係の歴史が凝縮されているといってもよいと思います。

その歴史とは、極端に単純化していえば、アメリカが、日本人のもつこのポテンシャルの高さに驚き、やがて恐れ、さまざまな手練手管を使って、妨害したり、干渉したり、なだめたり、すかしたり、おどしたりしながら、その力の発揮を抑え込もうとしてきた歴史です。そしてそれは今も続いている歴史です。

下のwikipediaの記事が、アメリカが日本を抑え込もうとしてきた150年の日米関係の歴史を上手に要約してくれています。

日本との外交関係は、1854年の日米和親条約からである。政治的・軍事的においてアメリカ側の強い主導下で緊密だが、経済関係ではジャパンバッシング、日米貿易摩擦、年次改革要望書などで時に対立もある。貿易摩擦ではアメリカは自国製品の競争力低下を棚に上げ、差別的な対日制裁法案立法化の動きを利用し日本へ圧力をかけ続けた[15]。さらに1985年のプラザ合意による為替レート調整によって日本の輸出産業を抑制した[16]。外務事務次官・駐米大使を務めた村田良平は、貿易交渉等でアメリカが日本へ厳しい態度をとったのは、既にソ連の脅威が去り、代わりに日本が脅威になると考えている人間がアメリカ政府内にいた事も一因であり、ジョージ・H・W・ブッシュ政権以降、日本へ露骨な内政干渉を開始したと述べている[17]。緊密の度合いについては、二国間関係がアメリカの強い主導下にあるため日本国内から対米従属であるとの指摘もある。アメリカは日本の軍事力を抑制し、最先端兵器開発を阻止している[18]。
Wikipedia:アメリカ合衆国より

抑えても抑えても、叩いても叩いても、苦境から立ち上がり、ポテンシャルを発揮しようとする日本人。その度に、あの手、この手の新しい手段を考えださなくてはならないアメリカ。この150年の歴史は、この日米のいたちごっこの歴史であり、大東亜戦争も、原爆も、東京裁判や昭和憲法に象徴される戦後体制も、戦後の円やら、ドルやら、ニクソンショックやら、プラザ合意やら、アメリカの双子の赤字やら、日本のバブル崩壊やら、日米の国債やら、消費税やら、緊縮財政やら、規制緩和やら、構造改革やら、郵政改革やら、TPPやら、自民党の対米従属やらといった話も、このような歴史的文脈の中に位置づけてはじめて、すっきりと謎がとけることばかりです。

日本人は確かに、世界最強のポテンシャルを秘めた民族でしたが、一つだけ大きな弱点がありました。それは世界一、お人好しで、騙されやすく、御しやすい民族であったということです。

事実3: 日本は、放っておくと、ぐんぐんと成長し強大化してしまう高いポテンシャルをもっているため、誰かが押さえつけておかなければならない。


次回に続きます。


« 自殺・消費税・アメリカ国債・対米従属 (1) | トップページ | 自殺・消費税・アメリカ国債・対米従属 (3) »

国際問題」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 自殺・消費税・アメリカ国債・対米従属 (1) | トップページ | 自殺・消費税・アメリカ国債・対米従属 (3) »