« 慰安婦動画の制作にもどります | トップページ | 『慰安婦神話の脱神話化』導入部 »

2012年8月20日 (月)

竹島問題と尖閣諸島問題に共通の問題構造

竹島問題と尖閣諸島問題。この二つの問題が連動して日本をゆさぶっていますが、とても似通った問題構造をもっていると思います。おおざっぱですが考えを整理してみたいと思います。

1. 19世紀までの東アジアに「無人島がどの国に属するか」といった問題意識そのものが存在しなかった。

そもそも19世紀以降に近代化(西洋化)の波に晒される以前の東アジアには「領海(Territorial Waters)」とか「海洋権益」とか「無人島がどの国に属するか」などという発想そのものが存在してはいなかったのではないかと思います。従って、それ以前の無人島は基本的には「無主地(Terra Nullius)」(いずれの国にも属さない土地)と考えるべきものであると思います。

そもそも西洋においては「領海」とは、海岸線から大砲の届く距離である3海里(5.6km)圏内の海のことであり、元来は大砲の使用を前提とした防衛圏内のことでした。ここに海底資源や漁業権や核実験という新しい要素が加わって各国が領海を拡大するようになったのは第二次大戦後以降のことであり、「海洋法に関する国際連合条約」によって領海の範囲が国際法的に統一されれたのが1982年のこと。(発効は1994年)。竹島問題や尖閣諸島問題が発生したのも、第二次大戦の終結から、「海洋法に関する国際連合条約」制定までの、各国が漁業権や海底資源のために領海の範囲を拡大しようとした時期に重なります。

このように「海洋権益」などという概念そのものが極めて最近のものであるために、19世紀以前の東アジアに「無人島がどの国に属するか」などという問題意識そのものが存在したはずもなく、無人島の帰属をめぐって紛争化するなどという前提条件自体が存在してはいませんでした。

この一点を考えるだけでも、無人島である独島が512年から韓国の領土だったなどとという韓国の主張や、無人島である尖閣諸島が14世紀より中国の領土だったなどという中国の主張がいかにナンセンスで牽強付会なものであるかがお解りいただけると思います。

日本にも、竹島には、江戸幕府が鬱陵島への渡航許可を発行した事実があり、これが江戸幕府による「主権の行使」であったとする主張がありますが、これも現代の国際法から解釈したものであり、江戸幕府に「竹島(当時の呼称は松島)を領有しよう」という意志がその当時あったとは思われません。不完全な形であれ「主権の行使」のごときものが江戸時代によって行われていたとしても、やはり竹島は基本的には1905年の日本による編入までは「無主地」であったと考えるべきではないでしょうか。

またこの点で気になったのが、しばらく前に産經新聞に「明の上奏文に『尖閣は琉球』と明記 中国主張の根拠崩れる 」というタイトルで掲載された記事でした。尖閣諸島のもっとも東側にある大正島(赤嶼)を、琉球王国の一部として中国の冊封使が記述していたと主張する記事でしたが、やはり明の時代に無人島の帰属を問う意識が中国人の間に存在していた考えること自体が不自然であり、19世紀以前に無人島がどの国に属していたのかなどといったナンセンスな主張合戦に日本は加わるべきではないというのが、その記事から受けた率直な印象でした。

2. 日本の近代化の歩みを日本の帝国主義として中華秩序の破壊原因として全否定する中国・韓国

明治維新以降、アジアの中で一番早く近代化(西洋化)を受け入れて、当時「万国公法」と呼ばれた国際法(西洋のルール)を学んだ日本政府が、西洋の作法に従って、尖閣諸島や竹島のような無人島を編入(無主地の先占)していくわけですが、韓国と中国は、次の共通した観点に基づいて、この日本による編入は無効であったと主張しています。

それは「日本の近代化=西洋の秩序への迎合=日本の帝国主義=中華秩序を破壊した根本原因=全否定されるべきもの」という観点です。また、「日本の西洋への迎合によって一度破壊された中華の秩序がもう一度復興されるべきである」とする意識です。

日本海呼称問題を通して執拗に「日本海」という西洋人によって確立された呼称を日本の帝国主義(日本の近代化)によって押し付けられたものと決めつけて全否定し、「東海」という彼らが2000年間使ったきたと主張する呼称を復活させようと画策している韓国の姿にも、日本の近代化を通して破壊された中華的上下秩序を再び復興したいという強い願望が隠れていることはお解りいただけると思います。

竹島問題と尖閣諸島問題の背後には、「日本の明治維新以降の近代化のあゆみをどう評価するのか」という歴史問題が隠れています。

3. 日本の近代化の歩みを全否定しなかった国際社会

そして「日本の近代化をどう評価するのか」という問題の答えは、戦後、連合国が竹島や尖閣諸島を日本領として扱ったことから分かるように、国際社会は日本の近代化のプロセス全体を否定するようなことは決してなかったということです。この点で、中国や韓国による「日本の近代化=日本の帝国主義=全否定されるべきもの」という観点は、国際社会の中で孤立しています。これらの領土をめぐる紛争は歴史観をめぐる紛争でもあり、中華の史観は、東京裁判史観と大きく重なる部分があるものの、国際社会の史観と幾分対立しており、この国際社会の感覚と、中国・韓国の感覚とのずれに、竹島問題や尖閣諸島問題は発生している一つの原因があると考えられます。ただし、今後、中華の史観と国際社会の史観に擦り合わせが行われ、ぴったりと重なる可能性もないわけではありません。そのときには再び日本が孤立することになります。同時に中華の秩序と国際秩序(西洋の秩序)が、対立ときしみを大きくして、いずれかが超克されていく可能性もないではありません。その際には、日本はそのいずれかに組み込まれていくことになります。

竹島問題も尖閣諸島問題も次の三点に集約することができると思います。

1. 近代化以前の東アジアに「無人島がどの国に帰属するか」などという発想そのもの存在せず、無人島は基本的には無主地であった。
2. アジア諸国に先駆けて近代化を受け入れた日本は、国際法に従って無人島を編入し「無主地の先占」を行ったが、この日本の近代化のプロセスを、中国・韓国は「日本の帝国主義」として「中華秩序を破壊した根本原因」として全否定する。
3. 戦後の国際社会は、中国・韓国と異なり、日本の近代化を全否定してはいない。

竹島問題や尖閣諸島問題をめぐる中国や韓国の主張の背後に隠れているのは、国際法に象徴されるような近代の秩序(西洋の秩序)よりも、中華秩序を是とする意識であり、中華秩序の破壊者としての日本を糾弾し、中華の秩序をなんとか復興しようとする意識です。日本や国際社会が直面しているのは、復興し台頭しつつある中華秩序とどう向き合うのかという問題であると思います。日本は地理的にも歴史的にも、現在、国際秩序と中華秩序の狭間に、対立の最前線に立たされています。単なる領土問題を超えて、日本は、国際秩序(西洋の秩序)と中華秩序の対立を調停し、止揚させるという歴史的課題に直面しています。




« 慰安婦動画の制作にもどります | トップページ | 『慰安婦神話の脱神話化』導入部 »

竹島問題・日本海呼称問題」カテゴリの記事

コメント

テキサスオヤジさんが、
例のホワイトハウスの嘆願サイトに
竹島問題で、アメリカ政府にも責任がある。
韓国政府に、国際司法裁判所に出て日本と話し合うように
アメリカは韓国政府に対して呼び掛けるべきだという
嘆願を始めた様です。

私としては、アメリカ人の方がこのように動いてくれたことは
有難いことだと思うのですが・・・

http://staff.texas-daddy.com/?eid=385

投稿: 日本のこころ | 2012年9月10日 (月) 14時58分

朗報です。
テキサス親父事務局から新しい情報が入って来ました。
【竹島が日本の領土であると言うマッカーサーからの電報】
を入手したとのこと。
テキサス親父に米国政府機関であるナショナル・アーカイブズへ問い合わせてもらい、間違いなく本物である事が確認できたとのことです。
[公文書の内容PDF]
http://texas-daddy.com/DouglasMacArthur-Telegram.pdf
[証拠画像]
http://staff.texas-daddy.com/?eid=375
[YouTube【テキサス親父】竹島は日本の領土・証拠と韓国の無礼・慰安婦碑]
http://www.youtube.com/watch?v=jrBWODKBsew&feature=player_embedded
↑お礼に高評価、コメントお願いします。↑

これによれば、まず、竹島が日本領である事、韓国が違法に占拠している事、米国政府がこれを正常な状態に戻そうと努力していた事が分かりますね。
1.竹島は日本の領土である
2.韓国が違法占拠している
3.「独島」なる文字はどこにも無い
4.李承晩が狂気の振る舞いをしており米国が手を焼いている事実
5.李承晩が政権に居る以上まともな外交交渉ができない
6.李承晩の野蛮な振る舞い
7.日本の漁船を公海上で拿捕している
(その数は合計で300隻程度と言われており自らの漁船として使うための事実上の海賊行為)
8.日本人の漁師を人質として取り人質外交を行っていた (テロ行為に等しい)
9.米国は李承晩以後の新政権に期待していた

英語圏にも朝鮮人の正体を知ってもらいたくて、テキサス親父さんに情報提供しています。
アメリカでの朝鮮人の慰安婦ロビー活動について、親父さん曰く「なぜ、関係ないアメリカでアピールするんだい?ボスニアでやらないのかい?そうだ、インドでやれよ!」とのことです。プッw

投稿: 嫌韓の通りすがり者 | 2012年8月30日 (木) 22時16分

fukutyonzoku様
当時は鬱陵島が「竹島」と呼ばれており、現在の竹島は「松島」と呼ばれていました。また、「竹島一件」と呼ばれる朝鮮との領土論争で争われたのは現在の竹島ではなく、鬱陵島の帰属でした。1417年以降朝鮮政府が空島政策をとっていたため、確かに鬱陵島は無人島ではありましたが、もともとは人が居住していた島であり、512年に新羅に併合されるまでは「于山国」という小さな島国が存在していた島でもあります。鬱陵島ほどの大きさの島となれば、江戸幕府と朝鮮政府が帰属を巡って争ったとしても不自然なことではないと思います。問題は、竹島や尖閣諸島のような通常の方法では人の居住に適さず、航海の目印になる程度にしか当時役に立たなかった無用の無人島を領有しようなどという意志が近代化以前の東アジアの各国にあったかということだと思います。

投稿: WJF | 2012年8月22日 (水) 20時16分

「近代化以前の東アジアに『無人島がどの国に帰属するか』などという発想そのもの存在せず、無人島は基本的には無主地だった」と仰るが、それはどうでしょうか。
私は歴史の専門家ではないので、断定的なことは言えませんが、例えばWikipedia日本語版の「安龍福」(http://ja.wikipedia.org/wiki/安龍福)他の資料によれば、江戸幕府は早くから竹島を自国領土と認識していたようです。
1618年(元和4年)、幕府は伯耆国米子の町人大谷甚吉、村川市兵衛らの竹島(鬱陵島)への渡航に許可を与えて以来、竹島を両家が「拝領」し、毎年交代で開発に出向いていました。また『竹島考』や大谷九右衛門の『竹嶋渡海由来記抜書控』によると、1692年(元禄5年)3月、村川家の船が竹島に行った時、アワビ漁をしていた朝鮮人に遭遇。この朝鮮人の中に日本語が分かる者(安龍福とみられる)がおり、村川家の船頭は、この島は日本の領土(原文抄訳では「公方様より拝領仕り」)なので二度と来ないよう申しつけ、権益が荒らされた証拠として朝鮮人が作った干しアワビや味噌麹などを持ち帰った。大谷家の文書によると、翌1693年(元禄6年)4月、大谷家21人の乗った船が竹島に行き、漁労をしている10人ほどの朝鮮人に出会う。その中にいた安龍福は朝鮮より3艘42人で来ていると言っている。この事態を危惧した大谷家の人たちは安龍福と朴於屯(박어둔)の2人を日本に連行。その後幕府の命を受けた対馬藩は、安龍福らを朝鮮へ送還した際に、朝鮮政府に対し、竹島は日本の領土なので朝鮮人は来ないよう申し渡したという。これを機に竹島の帰属を巡る外交交渉が日朝間で始まり、1696年(元禄9年)に幕府は竹島への渡航を禁止する。つまり、少なくとも徳川幕府や鳥取藩には明確な領有意識が17世紀後半には既にあり、両国間による領土交渉まで始まっていたということです。
また、「日本の近代化のプロセスを中韓は『日本帝国主義』として全否定している」のはその通りでしょうが、だからと言って中韓が今やっていることは、領土意識を剥き出しにした、かつての西欧列強や日本がやった帝国主義を周回遅れで後追いしているようにも見えます。それは「中華思想」というより、遅れてきた覇権主義に過ぎないと思う。中国は特にそうです。
中韓では少し違うが、いずれも民族的文化的な劣等感を覆い隠すために歴史を歪曲し、歴史的悲劇の責任を大半を日本(日本帝国主義)に押し付け、反日教育と歪曲された歴史教育で国民を洗脳することで、政治的民族的プライドを何とか保持しようとしているのである。

投稿: fukutyonzoku | 2012年8月22日 (水) 19時34分

上の1.について、宮脇淳子氏のYouTubeの動画が参考になります。
http://www.youtube.com/watch?v=oiN68NOHnUk

歴史学の専門家ではないので、「素人にも分かりやすい」程度の観点でしかありませんけど。

投稿: わだつみ | 2012年8月20日 (月) 22時00分

御指摘ありがとうございます。 第三の文化であるという自覚は日本にとって重要なものであると思います。脱亜と共に脱欧(脱米)し、第三の文化として自立し、独立していくに足る十分な実力を日本は養っていかなくてはならないと思います。

投稿: WJF | 2012年8月20日 (月) 20時16分

戦後の国際社会は中国・韓国と異なり、日本の近代化を全否定してはいないのはその通りだと思います。そして、中華か西洋かの二択ではなくて、第三の文化があるのだという点も大切だと思います。これは、中華も西洋もなかなか受け入れられない事実だとは思いますが、日本はその第三の文化があったからこそ、ある意味では柔軟に西洋の価値観の中から受け入れるべきところは受け入れたのだと思っています。戦後の日本は、その第三の文化の存在価値を軽んじてきた面がありますが、韓国のジレンマは常に、中華か西洋かの二択の間で揺れ動いていることではないでしょうか。内在する矛盾が今、吹き出しているような気がします。

韓国が産みの苦しみを経て、どう変化して行くのかは分かりませんが、手っ取り早く日本をそっくり真似るか、インスタントラーメンのように韓流ドラマ風の歴史を書き込んでいけば国作りができるのかといえば、決してそうではないのだということに早く気づいて欲しいと思います。そして、これは中国にも言えることであり、中国は韓国や日本とは規模が違いますので安易な比較はできませんが、アヘン戦争以後、共産主義、資本主義とめまぐるしく変化しましたがその過程で己の文化を徹底的に叩き潰すという愚行に走りました(日本も明治維新で多少なりともやっております)。

日本に対する態度は、韓国と中国が本当の意味で彼らの文化を育て上げたときに、和らいでいくのでしょうけど、そこまで付き合うのは正直、しんどいです。まだまだ、時間が掛かるでしょうね。結局、彼ら自身が自国の姿に納得できているのかどうかなのだと思います。経済力がいくら付いたところで、国にとって大切なのは文化(もちろん社会システムも含む)でもあるのだということ。彼らも本当は分かっているのではないでしょうか。内在する不満を日本に、無遠慮にぶつけることは何の解決にも成らないのですよね。

投稿: 風 | 2012年8月20日 (月) 18時48分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 慰安婦動画の制作にもどります | トップページ | 『慰安婦神話の脱神話化』導入部 »