まんじゅうこわい
有名な落語の演目の一つです。
Wikipediaからあらすじを引用します。
その男は「饅頭の話をしているだけで気分が悪くなった」と言い出し、隣の部屋で寝てしまう。
そこで皆は「あいつは気に食わないから饅頭攻めにして脅してやろう」と金を出し合い、饅頭をたくさん買いこんで隣の部屋に投げ込む。すると目覚めた男は怖がりながらも「ああ怖い、怖い。こんな怖いものは食べちまって無くしちゃおう」「旨すぎて怖い」などと言って饅頭をむしゃむしゃたいらげ、とうとう全部食べてしまった。
どうも様子がおかしいと覗き見で成り行きを見守っていた連中は一杯食わされたことに気付く。怒った皆が「本当のお前の怖いものは何だ!」と聞くと今度は「このへんで濃いお茶が一番怖い」。
まんじゅうが大好きな若者が、「たらふくまんじゅうを食べる」という結果を手にするためにとった行動が、まんじゅうがこわいふりをすることでした。
この笑い話から、何か教訓が得られるとするならば、それは「結果を手にするためには、時には迂回しなければならない」ということではないでしょうか。「まんじゅうをよこせ」と直接求めることが、必ずしも結果につながるわけではありません。目標のためには、あえて最短距離を進まずに、回り道をすることが「戦略的である」ということの意味であろうかと思います。
これは私たち、日本の保守が多いに学ばなければならない点ではないかと思います。数年前に比べて格段に多くの人々が日本の直面する問題に気がつき保守活動に参加するようになるという喜ばしい事実が存在する一方で、目指す結果を手にしようと焦るあまり、最短の直線コースを、しかもきちんとした情報や状況分析に基づかないまま怒りに煽られてとるケースが多いのではないかと危惧しています。結果にきちんと結びつくのであれば、最短距離を進むことも正しい行動であると思います。しかし、この直線的な行動によって望む結果が得られないのであれば、私たちは方法を変えていかなければなりません。「まんじゅうをよこせ」と大きな声で訴える代わりに「まんじゅうこわい」と言ってみせるしたたかさと柔軟さを、私たちはもっと身につけなくてはならないと思います。なぜならば、大切なのは、私たちの溜飲を下げることではなく、私たちの子や孫の世代に残していく確実な「結果」だからです。
私たち日本人が、なんとか手にしたいと強く願うのは、例えば、「慰安婦問題に関する国際社会の誤解がすっきりと解けて、韓国人や中国人が二度と日本を貶める手段にこの問題を使わなくなる。」という結果です。私たちの子や孫の世代、未来の日本人の名誉がかかっているのですから。
そのために、わたしたちは、どう行動するのか。
最短距離をまっすぐに進もうとする代わりに、効果的な迂回路はいくつも存在しています。
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